「毎回同じキャンプをやるのでは前進がない!」
FIWC関東のフィリピンワークキャンプでは毎回何かしらの可能性を広げるべく新たな試みを行ってきました。
現在のキャンプは過去のキャンプメンバーが行ってきた試みによって形作られています。
【これまでの主なチャレンジ】
・山間部での大規模な水道建設プロジェクト
・共同生活以外にホームステイの実施
・子供たちとのワークショップや運動会
・フィリピンの大学生を招待しての共同キャンプ開催
・過去の滞在地の村人がFIWCメンバーとしてキャンプに参加
・レイテ島近隣のアイランドへの遠足
以下、これまでのキャンプ経歴を振り返ります。
1998年~2000年 (ティナガン村)
- キャンプ地をルソン島からレイテ島に移動。
- ティナガン小学校で2回のキャンプを行う。(2週間の滞在)
- 小学校の井戸、排水溝、バスケットボール・コートでのReadingCenter建設。
→作った「排水溝」は、設計ミスで排水用ではなく、灌漑用の設計であったため、効率的な排水ができなかった。
→ReadingCenterはその後使用されず、物置になっている。
2000年8月 (アンティポロ村)

- 初めての貯水タンク建設プロジェクトを行う。
→大成功する。FIWCがタンクを作った後にも水道パイプが村人自らの手によって接続され、
何もなかった林は切り開かれ家が立ち並び、コミュニティができていた。
2001年2月 (マハヤハイ村)

- マハヤハイ小学校で、貯水タンクを建設する。
→タンクに水を汲み上げるポンプが頻繁に故障し、小学校の先生たちが資金を出し合って修理を行ったがなおも故障が続いたため、
FIWCが最終的にもう一つ新品のポンプを購入した。
→コミュニティのタンクから小学校のタンクにポンプで水を汲み上げるシステムであったため、
小学校のタンクに水を入れるとコミュニティのタンクの水量が不足してしまった。結果として、
小学校とバランガイ(村)の間でトラブルが発生した。
この問題はカリガトナン・キャンプの下見チームが、コミュニティのタンクから夜間に溢れる水を貯蓄するタンクを建設することによって解決した。
2002年8月 (カリガトナン地区)
- 小学校でトイレ、井戸建設
→井戸はキャンプ期間中に完成されず、その後PTAたちが残りのワークを完成させてくれる約束だったがその約束は果たされず、結局井戸はふさがれた。
トイレも水不足のため封鎖されたままで、小学校の子供たちに使用されることは無かった。
- 滞在地はワーク計画を実施した山間部から南に離れた、比較的富裕層の多い港町だった。
これは山頂に反政府組織(NPA)が潜んでいるという情報から危険回避のための判断である。
→付き合う人が村長の親族を中心とする一部の裕福層に限られがち。
→ワークにも影響。村人たちは自分たちの為というよりは「お付き合い」や「物珍しさ」で働いてくれていた傾向が強かった。
(編集:SAYO・NATSU・325・TAKA・NUKE)